大江健三郎研究ノート

ノーベル賞作家の大江健三郎を考えるブログ。自分なりに作家・大江健三郎を考えたことの考察というか研究ノート。

『芽むしり仔撃ち』は大江健三郎の初期長編の傑作!


 大江健三郎といえば冒頭の書き出しと書籍のタイトルの書き方が見事な作家でもある。

 もちろん大江健三郎の悪文というのは初期作品からついて回るのは当時からあったが『芽むしり仔撃ち』の冒頭もまた優れた書き出しでもある。

 
第一章 到着  

 夜更けに仲間の少年の二人が脱走したので、夜明けになっても僕らは出発しなかった。そ して僕らは、夜のあいだに乾かなかった草色の硬い外套を淡い朝の陽に干したり、低い生垣 の向こうの舗道、その向う、無花果の数本の向うの代赭色の川を見たりして短い時間をすごし た。

 前日の猛だけしい雨が舗道をひびわれさせ、その鋭く切れたひびのあいだを清冽な水が 流れ、川は雨水とそれに融かされた雪、決壊した貯水池からの水で増水し、激しい音をたてて盛り上がり、犬や猫、鼠などの死骸をすばらしい早さで運び去って行った。


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大江健三郎と麻原彰晃と谷沢永一


 自称・保守右翼の谷沢永一が大江健三郎がノーベル賞を受賞した際に大江健三郎はオウム真理教の麻原彰晃と同じ国賊であり、大江健三郎をありがたがる人間はオウム真理教の信者と同じだ、と酷評もしていた。

 大江健三郎の国賊売国奴たるゆえんはここにあり!

 どうだ大江健三郎!文句あるか!と谷沢永一は鬼の首でも取ったかのような批判をしてみたつもりだったようだ。


 大江健三郎は、国内に向かっては右顧左眄して、おちょぼ口で、口ごもって、どうにでも意味がとれる文学的修辞にかくれて、言ったような言わなかったような 曖昧な態度に終始した。そして外国人に対するときだけ、打ってかわって明白に日本歴史と日本国民を罵倒して弾劾した。この卑怯卑劣な使い分けには、(戦前の共産党員に見られる)、確信犯の美学がひとかけらも認められない。

☆松本智津夫・大江健三郎こそ、現代の反面教師☆

 麻原彰晃こと松本智津夫は卑怯であり卑劣である。大江健三郎も卑怯であり卑劣である。日本人がもって恥とすべき醜悪な根性の持ち主である。オオエ真理教の教祖は、麻原彰晃と同じ型の人間なのである。

 これらを、例外的な他人ごとと軽く見てはならぬであろう。昭和3年の日本共産党および関係者には、人間としての尊厳をなによりも重んじる昂然たる気概があった。

 明治、大正、昭和前期、近代80年の歴史をつうじて、日本人には日本国民としての強い気概があった。

 矢沢永一「(麻原と同様)大江健三郎も卑怯であり卑劣である。日本人がもって恥とすべき醜悪な根性の持ち主である」

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大江健三郎の『他人の足』と『個人的な体験』


 大江健三郎は初期作品に『他人の足』という障がい者施設で脊椎カリエスの話を書いている。

 『他人の足』は社会とは隔絶された障がい者施設に新左翼というか左翼思想が侵入していて穏やかな空間が一気に崩壊する痛い話でもある。

 左翼思想を障がい者解放闘争のように持ち込んだ左翼の側は純粋な正義を信じているが、カリエスの障がい者の立場にすれば左翼思想は迷惑な侵入者であって自分たちの社会を崩壊させるような悪しき一撃になる話だ。

 元々、社会とは隔絶した障がい者が群れる無垢な空間に左翼が社会正義でイデオロギーを持ち込んでも救済者というより破壊者であることを大江は書きたかったのだろう。

 『他人の足』に関してはむしろ、左翼の側が謙虚にいい小説であって我々の非を認めるよな感覚だったのだから大江健三郎は鋭い短編小説を書いたのだろう。

 『他人の足』と『個人的な体験』は忘れがたい名作であると考える人もいるのも無理はない。

 僕らは、粘液質の厚い壁の中に、おとなしく暮していた。

 僕らの生活は、外部から完全に 遮断されてい、不思議な監禁状態にいたのに、決して僕らは、脱走を企てたり、外部の情報 を聞きこむことに熱中したりしなかった。僕らには外部がなかったのだといっていい。壁の中で、充実して、陽気に暮していた。

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