大江健三郎のレイト・ワークというか定義集の動画が興味深い。

四国の愛媛の小さいときからの読書体験というか自分史のようなことを話しているのだが、ああ、やっぱり大江健三郎は知識人なのだな、と思う動画であった。


 大江健三郎も自分の言葉をノートに書き付けて詩のようなイメージを膨らます作家らしい。

 しばし、大江健三郎の創作の原点に詩というイメージがあって、時として難解になるが、イメージ的に優れた表現もまたあるのだろう。

 今も手帳やノートにいい表現を発見するとアナログでノートに書き付けるという。

 イメージから小説を書く大江健三郎のイメージは一貫して変わらない、という。

 大江健三郎の小説の方法といえばまず詩的言語的に優れた詩を考えてウィリアム・ブレイクだったり、イエーツだったり、オーデンの詩からイメージを膨らませて文章を推敲というかエラボレートするスタイルなのだろう。

 まず始めに詩があって新約聖書のヨハネ福音書のように始めに言葉があった、が表現の起点であることがうかがえる。

 今まで大江健三郎が難しい、という理由で敬遠していたという人にちょっと自分なりに参考になるのではないか?

 自分も動画で大江健三郎がいったいどのような考えで難解ながらも美しい文章を書くのか?ということに興味を持ってちょっと考えが理解できたのがこの動画だったりした。

 大江健三郎を読み直す、という際に動画を参考にして考える。

 となると・・・今まで難しくて投げ出していた大江健三郎作品も読み応えある作品の良さが分かるかもしれないとは思う。