大江健三郎の批判は昔からあってノーベル賞の受賞と文化勲章の拒否があったので大江健三郎が嫌いになったという発言は増えたことを私は否定しない。

 とはいうものの最近のネット右翼の在特会のような軽はずみな大江健三郎批判では底が浅いというしかない。

 ともかく、大江健三郎を批判するとしてもそれなりに江藤淳の大江健三郎批判のようなものでないとけないとは思うが、最近の大江批判は単に大江健三郎が韓国の竹島の領土問題で軽く触れただけで国賊は北朝鮮に帰れ!という発言が多すぎる。

 もちろん大江健三郎の批判で作品や政治的発言に異論をいう権利は私はあると思うが、単にアクセスを稼いで俺は憂国のネトウヨとか2chまとめ運営で注目されたい、という人が多すぎるのではないか?

実際、在特会及びその周辺から記事内容そのものに対する「論理的な批判」など、私の耳には届いていない。

「安田は朝鮮人」「講談社は左翼」などと いった感情的な文言がネット上にあふれただけで、そこにせいぜい「会長のプライバシーを侵害した」「桜井会長にギャラを払え」などという筋違いの物言いが 加わるだけである。

意見の異なる他者をすべて「朝鮮人」だと決め付けることで、どうにか自我を保っている人々に対して、私は何も反論する言 葉を持たない。語彙の乏しさと貧困な想像力を憐れむだけである。


そもそも在特会がしていることは、社会変革を目的とした「運動」と呼べるものなのか―。そ れこそが取材当初から私が抱かざるを得なかった疑問のひとつである。


ネット右翼に対する宣戦布告 (安田浩一) 第1回 最もエキセントリックな反応を見せた桜井


 私は在特会のようなネトウヨと同じような大江健三郎批判では失格だと思う。

 大江健三郎といえば初めから反日作家で売国活動で日本を貶めるだけの老害であって国賊は日本には必要はない!では京都朝鮮高級学校を襲撃したような低劣な批判であって本多勝一の大江健三郎批判のように筋が通っていない。


「ネットなどを通じて社会に与える影響力は、街宣一本槍の一般右翼とは比較にならないほど大きい。しかも、そこに集っているのは、どこにでもいる普通の市 民なんです。だからこそ市民目線から生まれた素朴な、しかし激しい怒りが世間に浸透する。本当の変革者というのは市民の中からこそ生まれるのだと確信しま した」

金友は少しずつ一般右翼とは距離を置き、在特会などとのつながりを深めていく。そして昨年に自ら立ち上げたのが排害社であった。

「僕は日本にとって最大の災いはシナ人の増殖だと思っています。連中を“害”であると規定し、排撃しなければ、いまかろうじて機能している“日本らしさ”は失われてしまう」


その金友も、やはりネットを「最大の武器」として活用している。排害社に入ってくる若者たちのほとんどが、金友のブログをきっかけに参加を決めているからだ。


ブログに注ぐ情熱もなかなかのものだ。彼は常に一冊の大学ノートを持ち歩いている。中には細かい数字がびっしりと書き込まれていた。


「僕のブログの毎日のアクセス数です。どんなテーマで記事を書けばアクセスが伸びるか、どんな言葉を使えば反響が大きいか、常に分析しています」



 ネトウヨの国士館大学OBの金友隆行もブログのアクセス数や反応を重要視しているという。

 つまりは大江健三郎を売国奴であり、日本を貶める作家はいらない!というのは実はブログで攻撃的な論調で大江批判を繰り返せばアクセスが増大して自分は憂国の士のような英雄になれる、というのであれば軽はずみな行動と批判されて当然だろう。

 私も保守評論家の江藤淳や三島由紀夫も大江健三郎の作品はいい作品はいい、と評価していたし、丸谷才一だって大江健三郎作品もいい作品と悪い作品は的確に批判していて理性的だった、ことは知っているのだ。


 ブログで注目されて自分は英雄で認められたいが故に大江健三郎は国賊では作家論としては極めて幼稚だ。

 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』

 大江健三郎を在日朝鮮人のように罵声を浴びせれば俺は注目されるのだ!では到底、大江健三郎批判とはいえないネットの騒がせ屋でしかない。

 最近、保守論陣で文芸評論家の山崎行太郎のブログも自分は読んでいるのだが、時局便乗のにわか保守で大江健三郎は国賊ではお話にはならないではないだろうか?

 私は大江健三郎は100パーセント正しい作家で名作ばかりを書く作家とは決め付けていないし、100パーパーセント大江作品が神作品という評価はしないつもりだ。

 初めから大江健三郎の作品は反日の憎悪に汚染された日本文学のガン!で日教組はガン!と糾弾するように大江健三郎を単に叩けばいいのだ、では文学の遺産からはほど遠い。

 保守的な視点で大江健三郎の文化勲章の辞退は日本の国益に反していてよくないのではないか?という建設的な批判者も顔をしかめる悪文の中の悪文というしかない。

1. 牛謂人
    • 2012年03月20日 01:31
    • 一冊でも大江の著作をきちんと読んだことがありますか。そのうえで、物を言っているとは到底おもえませんね。
    • ヒロシマノートの記述の何ページ何行目がどのように間違っているか、あなたは反論するだけの論拠をもちあわせていますか。
      批判するならば、批判するだけのデータを用意してからにしてください。あなたの文章は、批判の域にも達していないですよ。どうせ誰かの受け売りでしょう。

国賊、大江健三郎


 大江健三郎は朝鮮人のような国賊であるから日本の敵であり、作品を全否定では異物排除の論理であり、極めて低劣な発言でそのようなブログは読む価値もないと、私は思う。

 ネトウヨの大江健三郎批判にろくに作品を読まないで大江健三郎を国賊といえばいい、という意見に批判のコメントもあるが、私も同じ意見だ。