自称・保守右翼の谷沢永一が大江健三郎がノーベル賞を受賞した際に大江健三郎はオウム真理教の麻原彰晃と同じ国賊であり、大江健三郎をありがたがる人間はオウム真理教の信者と同じだ、と酷評もしていた。

 大江健三郎の国賊売国奴たるゆえんはここにあり!

 どうだ大江健三郎!文句あるか!と谷沢永一は鬼の首でも取ったかのような批判をしてみたつもりだったようだ。


 大江健三郎は、国内に向かっては右顧左眄して、おちょぼ口で、口ごもって、どうにでも意味がとれる文学的修辞にかくれて、言ったような言わなかったような 曖昧な態度に終始した。そして外国人に対するときだけ、打ってかわって明白に日本歴史と日本国民を罵倒して弾劾した。この卑怯卑劣な使い分けには、(戦前の共産党員に見られる)、確信犯の美学がひとかけらも認められない。

☆松本智津夫・大江健三郎こそ、現代の反面教師☆

 麻原彰晃こと松本智津夫は卑怯であり卑劣である。大江健三郎も卑怯であり卑劣である。日本人がもって恥とすべき醜悪な根性の持ち主である。オオエ真理教の教祖は、麻原彰晃と同じ型の人間なのである。

 これらを、例外的な他人ごとと軽く見てはならぬであろう。昭和3年の日本共産党および関係者には、人間としての尊厳をなによりも重んじる昂然たる気概があった。

 明治、大正、昭和前期、近代80年の歴史をつうじて、日本人には日本国民としての強い気概があった。

 矢沢永一「(麻原と同様)大江健三郎も卑怯であり卑劣である。日本人がもって恥とすべき醜悪な根性の持ち主である」

 しかし、よく考えてもみれば谷沢永一の大江健三郎批判は始めに大江健三郎が憎いから麻原彰晃のような男であって許せない!でしかなくて単なる暴論でしかないし、文学的評価というか作家論としても低劣なものだろう。

 とはいうものの谷沢永一の大江健三郎をオウム真理教の麻原彰晃呼ばわりしたことに根拠が全くなかったわけではない。

 実際に谷沢永一が大江健三郎のノーベル文学賞と文化勲章を否定した際に大江健三郎も『救い主が殴られるまで 燃え上がる緑の木』というオウム真理教を彷彿とする小説も書いていた。

 もしかしたら谷沢永一もその辺の事情も知っていて大江健三郎支持者はオウム真理教の麻原彰晃支持者と同じような輩と糾弾してみたかったのだろうか?

 大江健三郎もカルト宗教の話を小説に書いていれば谷沢永一も大江健三郎批判ではそれなりに大江のことは知っていて麻原彰晃のような人間で悪口をいってみて注目されたかったらしいのもあるようだ。

 大江健三郎が東大卒の作家でオウム真理教で地下鉄サリン事件に関与したのが東大卒のインテリもいるとなれば大江健三郎と東大卒のオウムエリートは同じようなものだ、と批判したくなるのもあったのだろう。

 『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』の「父よ、あなたはどこへ行くのか?」で、「肥った男と息子」は中華料理屋で排骨湯麺とペプシコーラを頼むのを習慣としている。

 この店のモデルと思われるのが成城学園駅そばにある成城飯店。店の人はかつて大江氏がよく来店したと語っている。以前は七面鳥という名前だった。

 場所は成城学園駅北口を出て左へ1、2分。洋菓子店アルプス手前の地下1階。ただし現在ではここでは排骨湯麺はやっていない。この店が暖簾分けし た七面鳥という店が千歳船橋にあり、そこでは排骨湯麺とペプシコーラがいまもある(1999.12現在)。

 場所は小田急線千歳船橋駅南口(臨時改札口)を 出て、信号を渡り、左へ。日本信販の裏手。排骨湯麺は、メニューではパイコーメン(パーコーメンだったかも)となっている。

 排骨湯麺(はいこつたんめん)とペプシコーラ

 オウム真理教の麻原彰晃もパーコー麵が好物だったという。

 大江健三郎が息子と食事をしていてパーコー麵を小説で食べるシーンも小説で書いていて麻原彰晃と同質の人間と批判したい人はゴジップ的に大江健三郎のアラ探しに余念なしでもあったようだ。

 谷沢永一は雑書マニアで作家のゴジップみたいなものを好んだらしいので大江健三郎と麻原彰晃はパーコー麵が好物なので共通項がある、でこじつけの駄文を書きたかったらしいのが本音か?

 やれ大江はオウムの麻原と同じような人間で凶悪犯のような人間である!と谷沢永一は極右の取るにならないくだらない本で大江健三郎の鬼の首をとっだぞ!いいたかったらしい。

 とはいうものの今、思うと谷沢永一の批判も時代の空気を反映してもいたように思えてもくる。