大江健三郎が大嫌いだ!という批判がノーベル文学賞を受賞した大江健三郎はスウェーデンの王政というか立憲君主制の王政からばノーベル文学賞をもらうくせに、日本の天皇制からは戦後民主主義の否定に通じることは作家の心情で否!とする大江健三郎の態度であった、と思う。

 ヨーロッパの君主制や王政に媚びへつらって、日本の天皇制は軽蔑する大江健三郎の態度は国賊作家とか反日作家の正体見たり!でヨーロッパの君主制は認めたくせに、日本の天皇制は差別する態度が許せない。

 ということで右翼民族派や保守派は大江健三郎こそ差別意識の持ち主ではないか、ということで批判を加えたことも自分は知っている。

 同じノーベル文学賞の川端康成はスウェーデン王室も日本の皇室も対等というか平等であってノーベル文学賞も文化勲章も受章して日本を愛した作家であるのに、大江健三郎は日本を愛しているのではなくて、日本を貶める差別思想の持ち主ではないか?

 一気に大江健三郎はノーベル文学賞の影響で世界が注目する作家になったのだが、反面、日本では多いに敵も作ってしまったことは否定できない。

 大江健三郎自身も余りノーベル賞を意識して作品を書いたわけでもないだろう。それは川端康成も同じなのだろうが、どうも大江健三郎はヨーロッパの君主制は認めるくせに日本の天皇制は認めない態度があって矛盾が噴出してしまったのではないか?

 大江健三郎は日教組とか日本共産党が望んでいるような天皇制を廃止した日本人民共和国でも建国すれば気分がいいのか?と思っているのか?という批判が強くなったのがノーベル文学賞を受賞して文化勲章を辞退した事件でもあったのだろう。

 考えてもみればノーべル賞だってダイナマイトを発明したノーベルが火薬兵器のダイナマイトは戦争の道具であって人道的に反省して平和のためにという理念はある。


賢明な大江健三郎は、日本国民をいくら罵倒しても害がないから安心だけど、東京裁判やその背後の進駐軍に楯ついたらどんなに危険な運命が待っているか十分に心得ていた。

大江は欧米の侮蔑的なまでの対日警戒の土壌にあわせて自分の人生を組み替えてきた男。その結果がノーベル賞である。

日本の文化勲章を拒否したのは、外面のいい大江健三郎の対外的に判りやすい小賢しい反日戦略なのである。

反核・反戦・平和・人権等を標榜し、日本の過去にはこだわるが、多くの人々を殺すことになったダイナマイトの発明者が設立したノーベル賞は貪欲に欲し、貰う大江健三郎。

日本のアジア植民地支配は批判するが、アフリカ、アジアに多くの植民地支配した国、フランスの勲章は貰う一貫性のない矛盾した卑怯者、大江健三郎。

oe kenzaburo 売国奴、大江健三郎

 同じように日本の天皇制だって戦前はともかく、戦後は変化もしていて大江健三郎に侵略者呼ばわりされるのはおかしいのではないか?という保守リベラルな人からの批判は当然、あると思う。

 皇室が今までの大江健三郎が天皇制批判を繰り返したが、日本の皇室が大江健三郎の皇室批判は意見として尊重するが文化勲章の名誉に関しては寛大というか寛容の精神で与える、といったのに大江健三郎は文化勲章を拒否したことは批判も招いたのはあるのではないか?

 そして右翼にいわせれば大江健三郎がスウェーデンの王室からノーベル文学賞をもらったくせに日本の天皇制を否定するような文化勲章の辞退に関しては不敬国賊の最たるものであって天誅を!と思ったらしい。


 大江さんの話の中でいつものように会場を沸かせた部分があった。「 3.11 からずっと本を読んでいる。

  その中にはノーベル賞をもらった時にたくさんの人が贈ってくれた本の再読も含まれている。

 ノーベル賞を授与した時に国から文化勲章をあげたいとの申し出があったが断った。そうしたら右翼団体が街宣車で抗議に来た。息子は大きな音に怖がるので大変困った。

 家内は直接その団体の隊長さんに“勲 章を主人が欲しいとお願いしたのではない、あちらがどうですかというのを辞退しただけで、それは納得していただいている。

 ですからこのような行為は止めて欲しい”と交渉をした。しかし受け入れてもらえず抗議行動は夕方まで続いた。

 紳助さんは人に頼んで右翼の抗議を止めてもらえたんですね。でも 直接交渉した私の家内はすごい人です」大江さん の後から話された落合恵子さんも「まさか大江さんか ら紳助さんの名前がでるとは思いませんでしたね」と。その時点では大江さんはすでにお帰りになって いたが、大江さんの時代を読む柔軟な感性は大いに受けていた。

 30 続・ yoshimi のオーケンな日々


 平均的な日本人となればノーベル文学賞の第一号の川端康成の方が好感を感じていて、自殺の晩年の悲劇はよく思わないが、文化勲章とノーベル文学賞を受賞して日本の国益を考えた愛国者だと評価しているのではないか?とは思う。

 しかし、日本のノーベル文学賞の第2号の大江健三郎は国益なき国賊であって愛国心もないようで川端康成の態度とは天と地の差ではないか?で今も批判者が多い、というのが日本の現実なのだろう。

 とはいうもののいくら大江健三郎を売国奴呼ばわりしても『万延元年のフットボール』のような傑作は残るし、大江光と一緒になって人生を送ってきた人生が抹消できるわけでもない。

 川端康成だって晩年の自殺は作家として幼稚なことだと酷評する人がいるが『雪国』という作品は今も残っていて評価もされていくのだから文学賞と作品は別のものとクールに割り切った方がいい。

 文化勲章やノーベル文学賞の是非はともかく、作家の作品は作品として残るのが小説というものだろう。