大江健三郎は初期作品に『他人の足』という障がい者施設で脊椎カリエスの話を書いている。

 『他人の足』は社会とは隔絶された障がい者施設に新左翼というか左翼思想が侵入していて穏やかな空間が一気に崩壊する痛い話でもある。

 左翼思想を障がい者解放闘争のように持ち込んだ左翼の側は純粋な正義を信じているが、カリエスの障がい者の立場にすれば左翼思想は迷惑な侵入者であって自分たちの社会を崩壊させるような悪しき一撃になる話だ。

 元々、社会とは隔絶した障がい者が群れる無垢な空間に左翼が社会正義でイデオロギーを持ち込んでも救済者というより破壊者であることを大江は書きたかったのだろう。

 『他人の足』に関してはむしろ、左翼の側が謙虚にいい小説であって我々の非を認めるよな感覚だったのだから大江健三郎は鋭い短編小説を書いたのだろう。

 『他人の足』と『個人的な体験』は忘れがたい名作であると考える人もいるのも無理はない。

 僕らは、粘液質の厚い壁の中に、おとなしく暮していた。

 僕らの生活は、外部から完全に 遮断されてい、不思議な監禁状態にいたのに、決して僕らは、脱走を企てたり、外部の情報 を聞きこむことに熱中したりしなかった。僕らには外部がなかったのだといっていい。壁の中で、充実して、陽気に暮していた。

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