大江健三郎といえば冒頭の書き出しと書籍のタイトルの書き方が見事な作家でもある。

 もちろん大江健三郎の悪文というのは初期作品からついて回るのは当時からあったが『芽むしり仔撃ち』の冒頭もまた優れた書き出しでもある。

 
第一章 到着  

 夜更けに仲間の少年の二人が脱走したので、夜明けになっても僕らは出発しなかった。そ して僕らは、夜のあいだに乾かなかった草色の硬い外套を淡い朝の陽に干したり、低い生垣 の向こうの舗道、その向う、無花果の数本の向うの代赭色の川を見たりして短い時間をすごし た。

 前日の猛だけしい雨が舗道をひびわれさせ、その鋭く切れたひびのあいだを清冽な水が 流れ、川は雨水とそれに融かされた雪、決壊した貯水池からの水で増水し、激しい音をたてて盛り上がり、犬や猫、鼠などの死骸をすばらしい早さで運び去って行った。


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