大江健三郎の最高傑作といえば『万延元年のフットボール』というのは大江健三郎を評価する人ならば必ず口にすることでもある。

 短編では『死者の奢り』や『飼育』が好きだが、やはり長編ならば『万延元年のフットボール』は外せない!という意見は理解できる。

 『万延元年のフットボール』の冒頭もノーベル賞作家の川端康成の『雪国』に勝るとも劣らない名文で見事な書き出しでもある。

 川端康成が次のノーベル文学賞は三島由紀夫ではなくて、大江健三郎ではないか?とインタビューで解答したのはどうも『万延元年のフットボール』の影響もあったからだろう。

 1.死者にみちびかれて  

 夜明けまえの暗闇に眼ざめながら、熱い「期待」の感覚をもとめて、辛い夢の気分の残 っている意識を手さぐりする。内臓を燃えあがらせて嚥下されるウイスキーの存在感のよ うに、熱い「期待」の感覚が確実に体の内奥に回復してきているのを、おちつかぬ気持ちで 望んでいる手さぐりは、いつまでもむなしいままだ。

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